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「柔よく剛を制す」のその先 ~中国古典兵書「三略」より~

前回に続き、今回も古典兵書「三略」から、ひと・組織のマネジメントのキモについて考察してみたいと思います。

「柔よく剛を制す」

この言葉はよく聞く言葉ですよね。特に柔道の世界ではよく使われる言葉ですが、実はこれ、原典は「三略」です。
前回ご紹介した上略の第1節に続き、第2節~第4節で述べられる言葉です。この1~4節が上略全体の大前提となっており、その後に続く各節では「全体のバランスの重要性」「リーダーがメンバーの立場に立ち信頼を得ることの重要性」「リーダーとしての自己マネジメントの重要性」を中心に各論で語られます。

「柔よく剛を制す」のこの言葉、実は「その先」があり、そこに組織を率いるリーダーにとって重要な視点が述べられています。第2節~4節の抜粋とともに見てみましょう。

第2節 『(省略)いわく「柔よく剛を制し、弱よく強を制す」と。
柔とは徳なり、剛とは賊なり。弱なる者は人の助くるところにして、強なる者は人の攻むるところなり。柔は~(省略)。
この四者を兼ねて、そのよろしきを制す。端末、いまだ表れずんば、人、よく知る無し。
天地は神明にして、物と推移す。変動して常無く、敵によりて転化す。事の先とならず、動いてすなわち従う。(以下省略)

思い切って私なりに解釈すると、以下のような感じです。
「柔はうまく剛の力とバランスし、弱はうまく強の力とバランスする、という。
 柔とは、人格や包容力といった人間力であり、剛とは権力・制度などの相手を従わせるパワーである。また、弱い者は周りの人が助けたくなるものであり、強い者は周りの人の反発を招くものである。
この4つの特性を適宜うまく使って、全体としてより良い結果を生むことが大切だ。
そもそも、具体的な現象がまだ表れてなければ、多くの人はその存在・可能性に気づかない。
しかし、世の中のことは見えないところで複雑に色々繋がって、結果として何かの現象となる。そして、その現象すら常に変化し続け、当たり前でこの先変わらない状態なんてことはなく、環境の変化によっていかようにも変わってしまう。
だから、先走って動こう変えようとするのではなく、現象に変化が観察されてから即座に変化対応するのがキモである。」

以前のブログで、「学習する組織」という概念を紹介しました。ひとマネスキルトレーニングによって実現を目指す「あるべき組織」の概念です。そのブログで「なぜ学習する組織を目指すのか?」という問いに対する、元ハノーヴァー保険会社CEOであり、MIT組織学習センターの理事を務めたビル・オブライエンの以下の回答を紹介しました。

「不確実性の高い・変化の予測が難しい社会・環境が到来している。
 変化を予測できないのであれば、変化にいかに俊敏に適応できるか?を磨くしかない。」

1000年以上前の「三略」の視点と共通しますね。(笑)

いま我々が置かれた社会環境を「どのように認識するか?」によって、目指すべき組織像・チーム像は変わります。もし、ビル・オブライエンや三略と同様に「不確実性の高い・変化の予測が難しい社会・環境が到来している」と認識するならば、「変化に即応して柔軟に自ら変化・対応し続ける組織・チーム」の育成を目指す必要があるということです。

さらに、「三略」の第3節・第4節から抜粋を紹介しましょう。

第3節
『(略)いわく「強を貪らざるは無きも、よく微を守るものは少なし」と。もし良く微を守らば、すなわちその生を保たん。(以下省略)』

思い切って解釈:
「ほとんどの人は、権力などの力や他者への優位性をどんどん拡大しようとする。しかし、分相応にちょっとずつ変化することを心掛けている人は少ない。長く続くことを考えるのであれば、分をわきまえて状況にあわせてちょっとずつ変化し続けることが大切だ。」

第4節 『(略)いわく「よく柔にしてよく剛なれば、その国はいよいよ光り、よく弱にしてよく強なれば、その国はいよいよ彰る(あらわる)。もっぱら柔にしてもっぱら弱なれば、その国は必ず削られ、もっぱら剛にしてもっぱら強なれば、その国必ず亡ぶ。」と。
それ国を治むるの道は、賢と民とを恃む(たのむ)。賢を信ずること腹心のごとくにし、民を使うこと四肢のごとくにすれば、すなわち策は遺す(のこす)ことなし。(以下省略)』

思い切って解釈:
「人徳や良好な人間関係の質も保ちつつ、権力・職責といったパワーやルール・制度といった仕組みもバランスよく運用されていればその組織はどんどん活き活きとし、苦手なところは率直に認めて他者に頼り、得意なところは自信を持ってバランスよく行動していれば、その組織はどんどん成果を生み出す。人間関係や相手の意向ばかり気にして、互いに頼ってばかりの組織は必ず競合に機会を奪われ、人間関係や人徳などを無視して権力や仕組みだけで人を動かそうとしたり、より成果をあげた強いものだけが評価され生き残るような組織は必ずバラバラになって滅びてしまう。
組織が持続的に成長するかどうかは、優秀なマネージャーや実行してくれるメンバーがあってこそである。トップリーダーは、自分の信念・想い・アイデアを信じるのと同じように、優秀なマネージャーの信念・想い・アイデアを信じ、自分が自在に行動するのと同じように、メンバーが自在に動ける環境を整えることが大切である。そうすれば、組織のマネージャー・メンバーから生まれた「こうすべき」というアイデアは必ず実行される。」

さて、いかがでしょうか?
第2節でも述べられていますが、「三略」では「柔よく剛を制す」は「柔」の方が「剛」よりもいいのだ!とは言っていません。

柔も剛も弱も強も、バランスよく保つことが大切だと説いています。
しかし、人間はついつい相手に対する優位性やパワーを強化する方向に行きがちだし、競争に勝つ強い者だけが残ればいいとしがちです。(行き過ぎるとパワハラとかブラック企業になりますね)
逆に、「人に優しい」ばかりが強調されて「仲良しクラブ」になってしまうことも良くありますね。
そもそも、「柔」「剛」「弱」「強」どの特性がより得意かも人それぞれ。すべてを兼ね備えている人なんてなかなかいないからこそ、組織メンバーの「多様性」が重要なのではないでしょうか?

「多様性」は、すなわち「違い」。そして「違い」は基本的にストレスを生むものです。そのストレスを乗り越えて、「違い」を活かしあい、組織全体として「バランス」が生まれる状態を生み出していく。私たちは、そのための方法論・スキルトレーニングとして「ひとマネジメントスキルトレーニング」や「PSAパーソナリティ診断」を多くの方に届けたいと思っています!